中村哲さん、その生き方に学ぶ

昨年12月4日、アフガニスタンのジャララバードで、「ペシャワール会」現地代表の医師の中村哲さんが狙撃され、亡くなられたことは国内にとどまらず、国際社会に衝撃を与えました。

中村哲さんは、1984年にパキスタン北西の州都ペシャワールに赴任し、医療活動を開始されました。1989年からは、干ばつと戦乱により、多くの人々が難民化したアフガニスタン国内に活動を広げ、ハンセン病や結核など貧困層に多い疾患の診療にあたる中、不衛生な水により命を落とす市民を目の当たりにし、「100の診療所より1本の用水路を」と、飲料水や灌漑用井戸事業にも携わって来られました。また、戦火の絶えないアフガンの地で「武力ではテロはなくならない。飢餓と貧困が背景にあるなら農業ができて家族が食べていければ、結果として平和になる。」と考え、そのプロセスとして「自給自足の農村回復」を掲げ、荒れ果てた大地に水を引き続けました。

生涯で1万6500ヘクタールの土地に水を送り、およそ65万人分の食糧を確保することが可能となりました。その上で、「生きる条件を整えることこそ、医師の務め」との信念を貫き、現地の人々に灌漑技術の伝承など、長きにわたり無償の支援を行ってこられました。今回の悲報に触れ、あらためて中村さんの遺志が暴力によって断たれることのないよう願わずにいられません。

地球温暖化で世界的な異常気象が頻発し、若者たちは、「大人の負の遺産を私たちに押し付けるな」と抗議の声を上げています。今なお世界中で頻発する戦争こそ、環境破壊の大きな要因の一つとも言えます。今を生きる私たちは、未来を生きる子どもたちのために何をすべきでしょう。

在りし日の中村医師のメッセージです。

戦争の実態を知らぬ指導者たちが勇ましく吠え

戦の準備をする日本。

危機が身近に、祖国が遠くなってきた。

中村哲医師のご冥福をお祈りいたします。